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アファーマティブ・アクションの例と問題|高校倫理

アファーマティブ・アクションは日本語で「積極的差別是正措置」と訳される概念で、社会的に差別されている人たちを政策的に優遇する措置が必要だという考えです。

被差別者の雇用差別は現代社会の中心的な課題の一つです。アメリカなどの先進諸国では人種によって就労の選択肢と収入が異なる場合があり、いわゆる「人種的マイノリティの問題」が起きています。

低所得や高失業率など黒人が直面する厳しい労働環境は高い貧困率にもつながっている。国勢調査局によると、黒人の貧困率は2012年で27.2%、白人は9.7%だった。黒人4人のうちの1人以上が貧困に陥り、白人は10人に1人以下の計算となった。(CNN「白人と黒人の資産額格差、25年間で3倍に拡大」より引用)

引用したCNNの記事は、アメリカ国内の白人と黒人は資産のみならず就労でも格差があるといいます。数十年も前から「人種差別をなくそう」という運動が起きているにもかかわらず(キング牧師の活動など)、21世紀になっても根本的な解決に至っていないのではないか、と考えられるわけです。

このような問題を改めて解決しようと新しくでてきた政治的措置がアファーマティブ・アクションです。例えば米国の入試制度は現在、人種の多様性を確保するという目的を掲げて黒人系、メキシコ系、アジア系という枠をもうけています。

この枠によって入学試験の点数が調整されて、黒人などの人種的マイノリティに属する人たちの点数が加点される「積極的差別是正措置」が現実のものになっています(ウィキペディア「アファーマティブ・アクション」参考)。

ここは私の考えになりますが、入試制度における黒人の加点調整はアファーマティブ・アクションとして模範的な例と言っていいでしょう。黒人が白人に比べて比較的厳しい労働環境にあるということは、黒人家庭の子どもたちの教育環境もまた比較的整っていない可能性があるからです。

収入と資産の格差 → 次世代の教育格差

という連鎖はある程度考慮されるべきであり、最初にあげたCNNのデータからも黒人の加点調整はアファーマティブ・アクションとして妥当といえるでしょう。

アファーマティブ・アクションの問題

しかしこのアファーマティブ・アクションはいわゆる逆差別の問題を引き起こします。人種的マイノリティに対する加点調整によって、白人は彼らに比べて一層激しい教育競争にさらされるからです。

シェリル・ホップウッドは裕福な家庭の出身ではなかったため、働きながら高校を卒業。コミュニティカレッジを経て、カリフォルニア州立大学サクラメント校で学び、成績の平均点は5点満点中3.8という優秀なものだった。その後、テキサスに 引越し、ロースクールへの適正試験を受けて高得点を取り、テキサス大学ロースクールに願書を出した。結果は不合格だった。(visualecture.com「JUSTICE 第9回『差別することで逆に公平さは生み出されるか』『最高のフルートは誰に分配されれば公平か』ハーバード大学:サンデル教授:白熱教室」より引用)

引用した記事は白熱教室の和訳。

テキサス大学の主張をこうだった。テキサスの人口の4割をアフリカ系、メキシコ系のアメリカ人が占めている。ロースクールとしては学生の多様性は重要なので、学業成績やテストの得点だけで選抜するのではなく、人種や民族的バックグランドを含め、クラスの中に様々な学生がいるように考慮している。…(途中省略)…ホップウッドが訴えたのは、その方針の結果、自分よりも学業成績やテストの点が劣る出願者がテキサス大学ロースクールに認められ、彼女自身は不合格がなったことだった。彼女は自分が白人であるという理由だけで不合格になったと主張した。もし、自分が白人でなくマイノリティであったなら、あの成績なら合格していただろうと、そして実際、裁判で入学審査のデータが明らかにされたところ、その年のアフリカ系アメリカ人、メキシコ系アメリカ人の出願者で、学業成績とテストの点が彼女と同じだったものは合格していたことが判明した。(visualecture.com「JUSTICE 第9回『差別することで逆に公平さは生み出されるか』『最高のフルートは誰に分配されれば公平か』ハーバード大学:サンデル教授:白熱教室」より引用)

白人だからこそアファーマティブ・アクションによって差別される。人種差別をなくそうという措置が別の人種差別を招くという問題は現代社会の最たる悲劇です。

センター試験の過去問

以下、センター試験の過去問(問題のみ)を引用します。カッコ内の年度は試験の実施年度になります。解説の著作権は当ページにあります。また著作権の関係上、問題の一部省略している部分があります。あらかじめご了承ください。

アファーマティブ・アクションについての記述として最も適切なものを一つ選べ。(センター試験「倫理」2016年度、第1問、問6より)

① 人種やジェンダーの差異の積極的な承認に向けて集団的権利を保障する措置である。

② 人種的マイノリティや女性に対して就職や結婚の機会を保障するための措置である。

③ 社会における人種やジェンダー等の構造的差別の解消に向けて実施される、暫定的な措置である。

④ 社会における根絶不可能な構造的差別を不断に是正するために実施される、恒久的な措置である。

解答 ③

①は間違いではない。アファーマティブ・アクションを少し抽象的に言い換えれば「集団的権利を保障する措置」です。ただし「差異の承認」という言葉がやや引っかかり、やや独特な表現といえるでしょう。

②も間違いではない。アファーマティブ・アクションは機会を保障する措置です。機会、そして機会以上のものを提供しようという措置がアファーマティブ・アクションだからです。ただし「機会」に限定しているのはなんとなく引っかかる。

③は最も無難な説明で、特にケチをつけるところもない。

④も間違いではない。ただし「根絶不可能」や「恒久的」という表現はややオーバーに感じられます。

①と②と④は③に比べて無難でないため、正解は③になると考えられます。

追記

ドナルド・トランプ氏がアメリカの大統領になって、アファーマティブ・アクションはポリティカル・コレクトネスとともにクローズアップされるようになりました。

ポリティカル・コレクトネスは、宗教、人種、性別などによって差別をしないという政治的な考え、またはその運動や行動を意味します。アメリカでは日常のさまざまな場面でポリティカル・コレクトネスが浸透し、差別をなくそうという「建前」が発達しています。

しかし一部の人々は、このポリティカル・コレクトネスとアファーマティブ・アクションの行き過ぎた慣習に疲弊していると考えられます。

ポリティカル・コレクトネスもアファーマティブ・アクションも本質は弱者の救済であり、その対象者は人種や性別といったわかりやすい特徴を持っています。しかしアメリカには、そしてヨーロッパにも、白人という本来優位な立場であるにもかかわらず、経済的に苦しい「弱者」がいます。その人々はポリティカル・コレクトネスのような明確な弱者救済の制度に守られているわけではありません。

その人々は心の底で政治的中立に「Enough is enough(うんざり)」し、ドナルド・トランプという大統領を裏で支えて、実際に大統領にしたのです。

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