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「大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか」の感想と格差社会について

タイラー・コーエンの「大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか)」という本を読みました。本書はチェスなどの具体例をあげつつ、経済格差と機械化について考察しています。

アマゾンで星一個の辛辣なレビューを見かけましたが、内容は全体的にわかりやすく、格差と機械化について多角的に分析しています。しっかりした論証的な本というよりは、社説を集めたような本です。

機械の限界とレーティング化

「ケーブルテレビが壊れて修理の電話をかけるが、自動オペレーターの機械音声ばかりが流れていらいらする」という誰もが経験するいらだたしい経験を述べて、世界は効率的になっているが、同時にいらだたしくもなっていると著者は嘆いています。

機械化はすばらしい。しかし機械は融通がきかず、また自分で融通がきかないことを認識することもない。著者はGPSの例もあげて、人間のストレスと非効率性を極限まで下げてくれるような機械は永遠に生まれないだろうと考えています。

機械化と人工知能について著者の考えをまとめると次のようになるでしょう。以下は引用ではなく、私の恣意的なまとめ。

「自分で自分の意義を確かめるような真の人工知能は永遠にやってこない。そうした期待を寄せることはもうやめよう。チェスの新しいルールを生むような機械が生まれるか? チェスの天才に勝つコンピューターは生まれるが、新しいゲームを生むコンピューターは永遠に生まれない。機械は労働を奪うという意味で脅威だが、人間という種を滅ぼそうとするコンピューターは永遠に生まれない。スイッチを押すかどうかは、人間だけが決められることだ」

「しかし機械はチェスや製造業だけでなく、医学、教育、金融を含むあらゆる経済で繁栄し、プロフェッショナルの権威を破壊するだろう。例えば医者は高度な人工知能を備えたソフトウェアに負けるため、少なくとも今よりは権威を失うだろう。あの先生の言うことだから、この薬は飲まないといけない、といった患者の信頼は少しずつ減っていくわけだ。法律家も同じだ。優れた人工知能はやがて医者や弁護士をレーティングするようになる。あの先生は医学界でトップレベルの医者です。この弁護士は「…」とあなたに助言しています。ただしこの弁護士は上位のレーティングをつけられていません。などとただし書きがつくようになるのだ」

格差社会

機械は労働を奪いますが、そこでまっさきに奪われる労働は単純労働です。STEM(科学、テクノロジー、エンジニアリング、数学)などの特殊な技術は重宝されます。資源とこれらの特殊な技術は現代社会で価値をもつといいます。これに関してはフェイスブックのマーク・ザッカーバーグを関連に出しています。

人の労働が機械に奪われると、その機械を世界に売っている者が富のほとんどを得ることになる。これが格差社会の原因の一つです。

ただし本書ではアメリカなどの先進国が発展途上国に工場を作ることも格差の根本的な原因であるとしています。そして移民の流入は格差の原因ではないともしています。ちなみに著者はEUの姿勢にやや懐疑的で、生産性の高いドイツの大都市(ベルリンではない)が移住の対象になることは自然であると考えています。

本書のユニークな点は、レーティング化を格差につなげていることです。以下は同じように引用ではなく、内容を整理したものです。

「私たちは機械に評価される。なにをするにしてもレーティングをつけられるが、それは格差を拡大する。レーティングの悪い弁護士に依頼しようと誰が思うか? レーティングの高い人たちは仕事も多く、金持ちを相手にするため報酬はどんどん高くなる。そうでない人たちは金持ちから相手にされなくなり、また金持ち以外の層を相手にするため、報酬はどんどん落ちていく」

つまり機械は、労働を単に奪うだけでなく、人にレーティングをつけることでも格差を生んでいく。

格差社会について

トランプ大統領は「白人の報われない層」という格差社会の犠牲者によって選ばれました。格差はアメリカで問題になっていますが、これは日本でも起きていることです。

タイラー・コーエンはおそらくアップル以外の機械があまり好きでないでしょう。しかし機械化に逆らうことは不可能であり、無意味であると主張しています。労働のほとんどが機械に奪われることは不可避であるという認識から、自分はどうするべきか、と問うことが重要でしょう。

本書は中盤以降の大きなチャプターで教育にスポットを当てています。アメリカのオンライン講座とカーンアカデミーを例に、将来の教育について論じています。最後のそれをまとめて終わります。

「カーンアカデミーなどのオンライン教育はやがて大きな影響を与えるだろう。貧しい地域や国の人たちも手軽に高等な教育に触れる時代になって、落ちこぼれる者と成功する者の違いはたった一つになった。それは真面目であるかどうか、である。真面目な者は今後繁栄するだろう。そうでない者は、落ちこぼれるだろう。オンライン教育が当たり前になっている時代で、デバイスを教育に活用しない者は落ちこぼれる可能性が高い」

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