仏教まとめ(ウパニシャッド哲学、ブッダ、大乗仏教まで)

古代インドにはバラモン教という宗教があった。バラモン教は現在の仏教とヒンドゥー教の原型である。

やがてバラモン教の一つの流派としてウパニシャッド哲学が生まれる。哲学という名前がついているように、ウパニシャッド哲学は宗教というより哲学に近い。

ウパニシャッド哲学

ウパニシャッドは二つの重要な教えがある。

梵我一如とは、宇宙の本質(梵)と自分の本質(我)が一致するという思想。なお梵はブラフマン、我はアートマンともいう。

輪廻転生とは、人間は死後もさまざまなものに生まれ変わりつづけるという思想。つまり生死をくりかえすこと。

輪廻転生では、今の生が次の生に影響するとされる。つまり今よく生きれば、次もいい人生になる。しかし悪く生きれば、次の人生も悪くなる。これを因果応報という。

シャカ

いわゆる「仏教」はシャカによって創始された。仏教の根本原因を四法印という。

四法印

この四つを四法印という。平家物語の冒頭「祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり」の諸行無常は仏教の四法印からきている。

一切皆苦とは、世界のすべては苦しみであるということ。人生はすべからく苦しいこと。この苦しみはダルマ(縁起の法)という世界の原理を知らないことから生じるため、縁起の法を知ることで苦しみから解放される。

諸行無常とは、人間もふくめてあらゆるものは時とともに変わっていくということ。同じ状況・状態が永遠に続くことはないということ。

諸法無我とは、自分もふくめてあらゆるものはそれ自体で存在するわけではないということ。これはウパニシャッド哲学の我(アートマン)の否定とも考えられる。

涅槃寂静は「涅槃は寂静である」という文であり、涅槃とは苦しみから解放された状態のこと、寂静とは安らかな境地のこと。

四諦(したい)

  • 苦諦(くたい)
  • 集諦(じったい)
  • 滅諦(めったい)
  • 道諦(どうたい)

現実の真理と、悟りの境地に至るための方法を説いたものを四諦という。

苦諦とは、すべてはことごとく苦しみであるということ。

集諦とは、その苦には煩悩などに原因があるということ。

滅諦とは、悟りの境地に達することで苦は消えるということ。

道諦とは、悟りの境地に達するためには八正道が必要であるということ。

最後の道諦がポイント。道諦は、苦しみから解放されるには修行が必要であると説くが、その修行は次の八つにまとめられている。

八正道(はっしょうどう)

八正道 読み 意味
正見 しょうけん 真理への正しい理解
正思 しょうし 正しい思考
正語 しょうご 悪い言葉を使わない
正業 しょうごう 殺生、暴力、盗みなどをしない
正命 しょうみょう 正当に生きる
正精進 しょうじょうしん 反省し、未来にいかす
正念 しょうねん 心を平静に保つ
正定 しょうじょう 正しく瞑想する

シャカの後

仏教はその後、シャカの考えをそのまま守っていこうとする保守的な上座部仏教(小乗仏教)と、シャカの考えをさらに発展させていこうとする大乗仏教に分かれた。

大乗仏教は利他的であり、小乗仏教は自利的である。

大乗仏教は「すべてのものは仏性をもつ(一切衆生悉有仏性)」という思想から自分のみならず他人も救うことを重視するが、小乗仏教は自分の悟りに専念する。

小乗仏教では阿羅漢という最高位の聖者を理想とする。

ナーガルジュナとヴァスバンドゥ

ナーガルジュナ(竜樹)とヴァスバンドゥ(世親)は大乗仏教をさらに発展させた人物。

ナーガルジュナは、すべてのものは空であると説いた。これは仏教の根本原理である諸行無常・諸法無我をより深化させた思想とも考えられる。

ヴァスバンドゥは、すべてのものは自分の心が生みだしたものであると説いた。これは哲学的に唯識説といわれる。

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