人工知能とSNSはディストピア〜人はより疲弊し、虚無感に浸りながらスマホを操作する

人工知能はオペレーターなどの仕事を奪い、私たちを機械の侵入できない人間的な聖域に押しやることに成功しています。近年、私たちは労働できる範囲が縮小されています。一見素晴らしいことですが、知的な分野までも奪われていることにうんざりしている人は多いでしょう。

人工知能はそもそも人工知能かという問題は別にして、人工知能は私たちのコンピューターとスマートフォンをより素晴らしい道具にしたてているようです。こうした変化はスマートフォンに限らず、物流などの現場でも起きており、その積み重ねが私たちの便利なアプリ生活を支えています。

アプリ生活

なぜこうした理想郷がディストピアか?

オンラインで買い物をする、ゲームセンターでなくオンラインで知らない人と対戦する、ソーシャルメディア上でチャットし、現実では会わない。こうした孤独な生活がいたるところに蔓延しています。店とのちょっとしたかけひきで買い物をする…そうした生々しい体験は人間が人間らしくあるための砦だったような気がしますが、今はそれが無名の透明人間になっています。

やがて人は疲弊し、心地の良い虚無感に浸ります。人工知能がおすすめしてくる音楽をぼうっと永遠に聞けばいいのです。スマホのゲーム画面をポチポチすれば勝てるのです。

人間と人間のコミュニケーションが失われ、目とスマートフォンはいつも見つめ合っている。この状況が人類が2000年も待ち焦がれた生活習慣だと思いますか?

ディストピアを逃れる方法

ヨガのポーズ

人工知能を利用しているサービスを使わないか、せめて必要不可欠な場面以外で使わない。もし人間らしい生活を送りたいなら、無人のコンビニ(今は日本にない)で淡々と買い物をするのでなく、ちょっとしたやりとりが必要になる店にわざわざ出かけて、軽いコミュニケーションをとってでも人間らしい買い物をするといいでしょう。

3D空間に没入して仮想空間でアバターになるのは面白いかもしれない。でもアバターはアバターでしかなく、あなたはアバターではない生身の人間です。ヘッドホンを外してコンピューターから離れれば、私たちは一個の肉体になり、太陽の光を浴びながら歩いたり話したりする。それが人間です。

ゲームばかりしている人は、運営者の(開発した)人工知能に振り回されているだけです。人工知能やアプリをディストピアと感じるなら、ゲームなどのアプリから身を遠ざけることも必要です。

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