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連載 ミニ自己啓発

仕事と勉強を効率化して最高のパフォーマンスを実現する思考法

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最高のパフォーマンスは二つの実践から生まれる。効率を上げる要素を増やし、効率を下げる要素を排除すること。

うるさい場所にいると集中できない人は、なるべく静かな環境にいるべきだ。「雑音の少ないところに行く」という行動は「効率を下げる要素の排除」に当たる。つまりパフォーマンスの改善になる。

この例は具体的だから当たり前に聞こえる。しかし実際はもっともらしい嘘をついたり難癖をつけたりして、しばしば「雑音の多いところに行く」。そして多くの人は、パフォーマンスを下げる要素がどこにあるか知ろうとしない。

パフォーマンスに影響する身体的な要素は個人差があり、それは個人が生活を通して自然に改善する。今回はもっと抽象的な部分、パフォーマンスに影響する思考法についてとりあげる。

スキマ時間の活用、分刻みのスケジュール…は効率を下げる

マリッサ・メイヤーは分刻みのスケジュールで有名な経営者だったが、Yahoo!は崩壊してしまった。15分ごとに予定を入れても、自分の手帳が感じるほど生産性は上がらない。

スキマ時間を活用しても生産性は上がらない。あくせく動いたり、せこせこ作業したりしても、パフォーマンスの全体が改善されることはほとんどない。

時間を細かく刻むことと、時間を貪欲に使うことは違う。前者は身体的な疲労をもたらし、やがて集中するべきときに集中できないという破綻を招く。疲れはパフォーマンスの敵で真っ先に排除されるべきだが、細かいスケジュールは不毛な疲れを生む。

パフォーマンスの悪い人はこう考える。

「メリハリのある生活を送る必要はない。大量の時間と莫大な努力は、最後にきっと勝つ」

メリハリのない習慣は崩壊する。生産性のない会議を10時間開くより、生産性のある雑談を5分するほうが良いパフォーマンスを得る。眠い授業であなたが書いてきたノートを思い出してほしい。後で読んでも理解できない、ふにゃふにゃとした線で埋めつくされた落書きのページがあったはずだ。眠気にあらがった30分は落書きというマイナスの生産物を残しただけだ。

そもそもメリハリのない生活は不幸だ。人生の貴重な時間を無駄な努力に費やしているのだから。そして不幸な感覚はパフォーマンス低下につながる。

対象から距離を置く

会社法を一ヶ月で理解したい人におすすめの勉強法がある。一ヶ月という期間を6日×5週に分けて、1週目と3週目と5週目に本をとり、2週目と4週目は何もしないというやり方だ。

  1. 本を読む
  2. 休む
  3. 本を読む
  4. 休む
  5. 本を読む

インプットもアウトプットも「知識を支配する」という目的は同じ。コントロールして自分の手足にするには、それをつけたり外したりする反復が不可欠になる。

会社法の本を読まない間、この人は会社法と無縁の世界で呼吸する。再び本をとったとき、前週に入れた知識が再構築される。知識の再構築とは、知識の配分と配置の最適化を意味する。

書棚に300冊の本を入れるときを想像してみよう。もし「一度入れた本は二度と出してはいけない」というルールがあったら何か起きるか。途中で配置を変えることなく、あなたは300冊の本を最適に配置できるだろうか?

一回のチャンスですべてがうまくいく可能性は低い。当然あなたは「途中で本を書棚から出してもいい」ルールを求める。

適切に入れるには、適切に出すことが必要だ。

脳と知識も同じである。会社法から離れている間、脳は入れた知識をどこかに流すか、神経ネットワークの闇に捨てる。曖昧に入った要素、全体最適の害になりうる要素はここで記憶装置から出される。睡眠は記憶の再配置を担当しているが、リフレッシュ期間もまた知識の全体最適を担っている。

全体と部分を行き来する

「全体像を見ろ」「木を見て森を見ずはダメ」という意見は部分的に正しい。しかし短期的なパフォーマンスは近視眼的な思考からもたらされる。

極端な例をあげよう。多くのwebアプリはPHPというプログラミング言語でできているが、PHPよりも別の言語を選ぶほうが長期的に考えていいかもしれない。最近のアプリはPHP以外の言語で作られており、PHPフレームワークのコミュニティーはよく揉める。

時代の流れを読む、全体像を把握するというポリシーに従うと、Pythonのフレームワークを使うほうが理にかなう。しかし「あえてPHPを使う」という近視眼的な手段を選ぶと、短期的に良いパフォーマンスが得られる。PHPは学習コストが少なく、文献も豊富だからだ。

「全体像を見ろ」という方針を強引にとる人は、いつまでも行動に移らない傾向にある。結局のところ、パフォーマンスに直結する行動はすべて短期的な目的に向かっているからだ。

「そこそこ良い」で止まる

「効率的」はいいが、「非常に効率的」は悪い。「そこそこ良い」はいいが、「非常に良い」は悪い。「そこそこ完璧」はいいが、「完璧」は最悪である。

完璧を求めると、コストが急激に上がる。1,000個の電話番号を入力するという単調な作業を考えよう。念入りに注意しなくても98%程度の精度を維持できるはずだ。しかし100%となると、すべての入力を終えた後、もう一度リストの最初に戻って元のデータと入力したデータを比べるという作業が必要になる。

50%から80%にする努力と80%を90%にする努力は一つ桁が違う。もちろん後者が前者の10倍という意味だ。90%を100%にする努力はさらに10倍。100%の仕様が必ずしも求められない仕事や作業で、完璧主義を貫く意味はない。ほとんどの場合、完璧主義はパフォーマンスを半減させる。

具体と抽象を行き来する

凡庸な人は物事を具体的にしか考えない。少し優れた人は物事を抽象的に考える。優れた人は物事を具体的かつ抽象的に考える。

目の裏に浮かばない議論を並べても、説得力のある文章は生まれない。私たちはわかりやすい例のある本を手にするが、難解な哲学書はめったに読まない。具体的な思考は魅力的である。

「全体と部分」の話で、パフォーマンスを上げる努力はすべて近視眼的だと言った。これはパフォーマンスという概念の真髄であることに注意しよう。パフォーマンスを上げるには、目の前にある仕事や勉強を具体的に認識する必要がある。

一方、この記事を読んでいるあなたは抽象的な思考をたどっている。パフォーマンスという目に見えないものと格闘しているあなたは、おそらく実際に起きた苦い経験から共通した性質、妥当と考えられるパターンを抽出しているはずだ。

だが、パフォーマンスを向上する抽象的なトリックを得たとして、それが何になるというのか? この記事を通してなんとなくわかった知見は、実際の現場に適用されない限り有用でない。自己啓発の本が売れるのは、自己啓発そのものに有用性があると信じている人がいるからだ。「有用性」と「意味」という単語の区別をつけよう。

賢くなるには、賢い人の賢い行動をコピーする

勉強のできる人は勉強のできる人と一緒にいる。仕事のパフォーマンスがいい人は仕事のパフォーマンスがいい人と一緒にいるときに威力を発揮する。

もし「賢くなりたい」「成績を上げたい」「仕事ができるようになりたい」と思ったら、それを実現している人の習慣をパクることが近道だ。ピカソもスティーブ・ジョブズもコピーの重要性を説き、ドラッカーも模倣的戦略は経営上有利に働くと唱えた。

単なる模倣は何も生まない。模倣を創造につなげる工夫が有用である。あなたの隣に学年一位の男子がいたとしよう。彼がチャート式数学を使っていたら、あなたもチャート式数学を使うべきだ。彼が化学式を何回も書いていたら、あなたも何回も書くべきだ。

パフォーマンスの悪い人はこう考える。

「俺様は頭がいいので、自分のやり方は絶対に正しいはずだ。他人の行動を真似てもろくなことがない」

パフォーマンスのいい人はいつもこう考える。

「優秀なやつと話をして、そいつの習慣を真似てみよう」

1年で本を300冊読みます…は自慢にならない

ここでは嫌な言い方をする。出版社や新聞社に勤務している人と本の作家はこれ以上読まないでほしい。

賢い人は賢い人をコピーするが、愚か者をコピーすることはない。同様に、優れた人は少数の優れた本を相手にするが、それ以外の本は読まない。300冊を相手にするよりも、優れた1冊を300回読むほうがはるかに良い。

優れた本は優れた作家の偉業であり、コピーするべき知性が散らばっている。もしあなたがドラッカー好きなら、最初からドラッカーの本を読むべきだ。ドラッカーは難しい言葉や概念を浪費することなく、私たちに単純な真理を伝えている。ドラッカーの解釈本を300冊読むより、「経営者の条件」を300回読むほうがパフォーマンスにいい影響を与える。

褒められたら注意する

自分の主張を認められると人はホッとする。自身を批判するもう一人の自分は消えて、その主張は脳に根を下ろす。

組織内の対人関係は、叱るより褒めるほうが効率が良い。しかし度が過ぎると、訂正能力が衰えてパフォーマンスが劣化する。

自分とそれ以外を適切に結合する

最高のパフォーマンスは自分、手段、目的の三つを直線に配置したときに起きる。自分の限界を知り、有用な手段を使い、目的を達成する…という一連の行動が密に結合している。

自分と自分以外の結合にパフォーマンスの秘密が隠されている。まずは道具を適切に選ぼう。医学部を受験する人が分厚い世界史の本を手にとるべきか? 納期の迫っているコンピューターエンジニアが(業務や趣味と別に)日曜大工の入門書を手にとるべきか?

多くの人は自分と目的を結ぶ直線を意識しないで、場当たり的に道具を拾う。無関係な本を買い、きれいに書く必要のないメモをとり、どうでもいいテーマを会議に持ちこみ、車輪の再発明に心血を注ぐ。

人事部が人の結合に失敗したら、その会社は傾く。同じように自分と目的をつなぐ人も慎重に選ぶ必要がある。自動車エンジニアリング会社の経営者が、目の前の商品を改良するためにフラワーアレンジメントのプロ講師に仕事を依頼して何が生まれるだろうか?

蛍光ペンや4色ボールペンを使って美しいノートを作ってもいい。それが睡眠よりも大切な趣味ならば、まとめノートを作っても問題ない。しかし美しいノートを作る行動も、蛍光ペンを買うことも、受験合格という目的と受験生をつなぐ直線から大きく外れている。的外れな行動を積極的にとる人は決して報われない。

選択は悪い兆候と認識する

恋愛の二者択一はロマンティックだが、仕事や勉強の選択は退屈だ。二者択一を迫られるとき、しかもそれが精神的苦痛を伴うとき、その人はすでに深刻な問題に陥っている。そして選択はパフォーマンスを極端に下げる。

あなたは靴下をどちらから履くか。右足から履こうか、左足から履こうかと5分考える人はまずいない。ほぼすべての人は選択の余地なく靴下を履く。だから靴下を履く時間はほんの数秒ですむ。

選択はすべての進行を妨げるボトルネックだ。物事を速やかに処理するには、選択を排除しないといけない。

製造のスピードは生産ラインのうち最もトロい工場で決まる。鎖の強さは一番弱い輪で決まる。同様にあなたのパフォーマンスは最も時間のかかる選択で決まる。ほとんどの人は選択の必要がない、すでに最適化された場面でさらなる最適化を試みるが、これはパフォーマンスにあまり影響しない。

未来志向の選択は長期的なパフォーマンスを上げる

自由な時間が一定以上あると長期的なパフォーマンスは向上する。Googleなどのアメリカ大手企業は「20%ルール」をわざわざ推進しているが、この20という数値は意味がある。

選択の分だけパフォーマンスは落ちるが、同時に選択は長期的なパフォーマンスを上げる。一見矛盾しているが、「パフォーマンスは近視眼的である」という本質から考えると矛盾していない。

長期的なリターンを得るための積極的な選択(自由)は、ROIを上げるための投資である。この選択には車輪の再発明も含まれるし、現実の問題と関係ない事例の研究も含まれる。弁護士を目指している人が十年後に偉大なダンサーになっている可能性は少ないが、0ではない。自由をすべて放棄することは、未知の利益をすべて放棄することだ。

もっとも選択は短期的なパフォーマンスを極端に下げるため、自由な時間は2割もいらない。ほとんどすべての行動がルーティンになっているとき、その人や組織は素晴らしいパフォーマンスを発揮する。多くの人がどうしようと考えている会社は間もなく崩壊する。あれもこれもと夢を追いかける人は結局何者にもなれない。

結論から言う。シンプルに言う。

結論から言わない人はパフォーマンスの悪い人だ。複雑に考える人はパフォーマンスが極端に悪い人だ。

あなたも前置きの長い本やブログを読んでイライラした経験があるだろう。前置きと複雑さは人を不快にさせる。しかし私たちは油断すると前置きをつけて、物事を複雑にする。生産者が消費者の気持ちを理解しないことはこの世の変わらない道理だ。

結論を言う人は目的をいつも意識している。だからパフォーマンスがいい。結論から言わない人は、目の前にぶら下がったニンジンを追いかける馬と同じく、視界に未来がない。数十秒から数分程度のパフォーマンスに影響するものは認識するが、数ヶ月から数年にわたって影響するものは認識できない。

シンプルに言う人はだいたい複雑さを嫌悪する。複雑さはあらゆる機能不全の元凶だ。今日のスケジュールをGoogleドキュメントに保管し、明日のスケジュールは手帳に書き、一ヶ月後の予定はパソコンのモニターに貼り付ける…という複雑さはスケジュールを忘れるというリスクになる。

パフォーマンスの悪い人のパターン

思考は行動を作る。パフォーマンスの悪い思考はいくつかの生活習慣を生む。次のパターンにいくつか該当したら、パフォーマンスが劣化していると考えよう。

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