江戸時代の国学まとめ 賀茂真淵の「ますらおぶり」と本居宣長の「たをやめぶり」

江戸時代中期(18世紀中頃)、儒教や仏教を退けて日本固有の精神を深く研究しようとする国学が生まれました。わかりやすくは「本来の日本を取り戻そう」という研究です。

日本に固有のものとして神道があります。一方、仏教や儒教はもともと日本になかったものです。国学者の多くはこの仏教と儒教を排除しようと試み、代表的な国学者である本居宣長も仏教と儒教を厳しく批判しました。神道と仏教・儒教の対立を理解することが大切です。

国学者

人物 業績・思想 著作
契沖
(けいちゅう)
万葉集の研究 万葉代匠記
(まんようだいしょうき)
荷田春満
(かだのあずままろ)
万葉集の研究 ---
賀茂真淵
(かものまぶち)
万葉集の研究
ますらおぶり
高く直き心
万葉考
本居宣長
(もとおりのりなが)
古事記と源氏物語の研究
たをやめぶり
惟神の道
漢意と真心
古事記伝
源氏物語玉の小櫛
平田篤胤
(ひらたあつたね)
復古神道 ----

この五人はこの順番に時代が下っており、この順番に思想を引き継いでいます。国学者の端である契沖と次の荷田春満は万葉集の研究にとどまりましたが、賀茂真淵と本居宣長は万葉集と古事記の研究を通して外来の仏教と儒教を排除し、最後の平田篤胤は仏教と儒教を徹底的に排除しました。

平田篤胤の思想である復古神道は幕末の尊王攘夷運動につながっていきました。

賀茂真淵と本居宣長

賀茂真淵は万葉集の研究した結果を『万葉考』に残し、男性的でおおらかな様(ますらおぶり)を良しとしました。

一方、本居宣長は古事記と源氏物語を研究し、その結果を『古事記伝』と『源氏物語玉の小櫛』に残しました。本居宣長は女性的で優雅な様(たをやめぶり)を良しとしました。

人物 評価した精神(歌風)
賀茂真淵 ますらおぶり
本居宣長 たをやめぶり

メモ

万葉集と源氏物語の中身を見てみます。

万葉集(作:舒明天皇)
大和には 郡山あれど とりよろふ
天の香具山 登り立ち 国見をすれば
国原は 煙立つ立つ 海原は 鷗立つ立つ
うまし国そ 蜻蛉島 大和の国は

源氏物語(桐壷)
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。

舒明天皇の詩は男性的に感じられますが、源氏物語の文は女性的に感じられます。賀茂真淵は男性的な様を、本居宣長は女性的な様を好みました。