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連載小説

連載小説「ペンは剣よりも強し」第1話:通知(その3)入塾テスト不合格

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登場人物

坂本真一郎 … 入塾しようとしている
小川慎吾 … 友だち

第1話:通知(その1)
第1話:通知(その2)はじめての模擬試験
第1話:通知(その3)入塾テスト不合格

今回は算数の実践的なテクニックも出てきます。中学受験生の方(とそのご家族)はぜひ最後までご覧ください。

本編

この頃、ある宗教団体が日本史上に残る最悪の事件を残していた。さらに阪神淡路大震災で日本全体に暗い雰囲気が漂っていた。しかし一方で、二十世紀末は日本の文化が華々しく発展し、世界はパソコンとインターネットの普及で経済の転換が起きようとしていた。

真一郎は試験前日に憎き父と一つの約束をしていた。もし算数の結果が良ければ、父が所有していたWindows95のコンピューターを少し触る事ができるというものだ。

近所の子どもが段ボールくらい大きなWindowsコンピューターを持っていて、他の子どもたちによく自慢していた。真一郎はその子に頼みこんで何回か触ったことがあり、ひどく感動していた。マウスを動かすとカーソルも動く。

まるで魔法だ!

算数の結果がよければ、怒鳴られないだけでなく、Windowsコンピューターを触ることができる。そう思うと試験が始まってすぐ気合いが入った。

全部で十五問近くあり、小学校の算数テストと明らかに質が異なっていた。前半は計算問題や数列、つるかめ算や面積の問題でなんとかなりそうだ。しかし後半はまるで見たこともない独特な問題で、一問解いていくごとに疲れていった。

(でもあと二十分しかない)

最初に国語だったせいだ。国語の難しい文章を読まなければ、こんなに疲れなかったかもしれない。あるいはもっと食べてくればよかったかもしれない。

最後の二問は数列と立体図形。数列は規則性を見つけてからの計算が膨大になることをすでに知っていた。数列を飛ばして立体図形に移った。サイコロを組みあわせて立体を作り、ある方向から見える数字の合計の最大値を求めるという厄介な問題だ。

立体の問題はコツがあった。人間の脳は立体を正確に把握できないし、そんなことをやってもだいたい間違った答えが出てくる。ポイントは立体をいかに二次元に射影するかだ。立体を三方向から見たときの図を正確に描いていくと、答えに少しずつ近づいていくような気がした。

立体図形を解いた後、最後の数列にとりかかった。これは二つの小問からできており、問題用紙が真っ黒になるくらい計算をしていくと、最初の問題はなんとかクリアできた。あとは最後の一問だ。

「そこまで!鉛筆を置いてください」

(えっ)

すぐに鉛筆を置いた。あと一問ですべて終わるというところで、その一問も解ける確信があったのに、試験は無情にも終わってしまった。恐ろしいほど気が抜けて、全身のエネルギーを使い果たしたような気がした。実際、後ろの人から解答用紙が回ってくるまで、ほとんど現実感がなかった。

解答用紙が回収された後、試験監督が「試験の結果は郵送で知らせる」「合格者のみ入塾が許可される」などと言った。

入塾テストはほぼ確実に不合格だろうと思われた。算数はそこそこできた感覚があったものの、国語は全滅だった。おそらくここにいる誰よりも成績は悪いだろう。

改めて周りを見ると、みんな実に真面目そうである。

(たぶん俺だけ落ちるだろうな)

後ろの席から回ってきた国語の解答用紙を思いだして気分が悪くなった。小学校で一番頭がいいと友だちに褒められていてうぬぼれていたが、井の中の蛙だった。

この時、彼ははじめてすさまじい劣等感を覚えた。四字熟語も覚えた気でいたが、問題に出てきた四字熟語は見たことがなかった。水力発電とダムの話もまったく想像できず、内容は完全に理解できなかった。

父の鬼の形相を思いだした。父が国語より算数を重視することは明らかだったが、国語の成績に激高することも間違いなかった。塾を出てさんさんと輝く太陽の下につくと、暑さでめまいがした。

……

「それで国語は何点だった?」

慎吾はコントローラーをガチャガチャと動かしてたずねた。

「うん。まあ十一点だった」

「百点満点で?」

「うん」

慎吾はゲラゲラと笑って、「本当バカだな」と言った。真一郎はムッとした。自分が受けていないからって好き勝手に言いやがって…と思った。しかし慎吾が自分より国語力のある人間ということは疑いようもない事実だった。

「いや、小学校のテストよりずっと難しいんだって!誰が受けてもそのくらいの点数が出ないよ。たぶんね」

「俺は絶対五十点はとれるね。算数もできるけど、国語もできる」

「たまたまダムの説明文なんて出るからだ。くだらないだろ。どうしてダムなの?つまらない文章なんて読めるか」

テレビの画面が揺らいで、すぐにゲーム画面が映らなくなった。慎吾はすぐに電源を落とし、ゲームソフトを本体から出して接触部分に息をふきこんだ。当時のカセットは接触部分にゴミが入りやすく、ゴミがあると画面が真っ黒になってしまうのだ。

この日、真一郎は気分よくゲームで遊んでいた。母から一日中遊んでもいいという許可が下りて、慎吾の父母が帰ってくる夜七時までずっと遊ぶことにしていた。

この数時間前、午前十時頃、自宅に日数研から成績表が送られていた。

国語 11点
算数 95点
合計 106点

偏差値
国語 24
算数 76
合計 48

結果 不合格

日数研はたくさんの中学受験生をかかえる大手塾だったが、当時は一度にすべての生徒を入れていなかった。何度も試験を行い、そこで一定以上の成績を出した者だけを入塾させていた。

試験の結果は不合格であり、入塾の許可は下りなかった。算数の成績はよかったが、国語の偏差値は最悪で、母はひどく気落ちしていた。

「なんでもいいから解答用紙を埋めればよかったのに」

ともっともらしいことを言った。確かに、選択問題を解答しないという選択は愚かな選択だ。

テストの結果を二人で眺めている時、一本の電話が鳴った。母は「またいつものFAX業者だね、きっと」と言いながらも、電話台に近づいた。息子も母についていった。母は息子を追いはらって電話に出た。電話の相手は日数研の塾長を名乗る者だった。

電話がFAX業者の迷惑な営業電話でないことがわかると、真一郎は電話の内容がひどく気になった。

「はあ、そうですか」

ちょうどその時、近所の子どもが庭に入ってきて、「しんちゃん、遊ぼうぜ」と声をかけてきた。真一郎はリビングから庭に下りて、頭を横にふった。

「今日は遊べないらしい」

「あっそー」

子どもたちは鼻をほじってどこかに行った。母は深刻そうに一方的な話を聞いていたが、最後に「ぜひよろしくお願いします」と言って、うれしそうに電話を切った。

「塾に入ってもいいって」

母はホッとしたようにため息をついた。

「これで怒られずにすむね。まあ算数がよかったから、怒られないでしょう」

「うん」

「国語はダメだったけど、算数がよかったから特別に入れるようにしたって、塾長さんが」

話は単純だった。塾は成績表を事務的に通知したが、最終的な合否決定は塾長に委ねられるという。そしてこの塾長は算数の成績がよかった者をうまく拾うことにしたらしい。首の皮一枚で生きのびたことに感謝しつつ、塾長という人に興味をもった。

第1話:通知(その1)
第1話:通知(その2)はじめての模擬試験
第1話:通知(その3)入塾テスト不合格

あとがき

この部分はほとんど実話になります。不合格から合格に格上げされるという最初の奇跡がここで起きました。この不思議な格上げは何度か起きることになります。今この物語を読んでいる方はおそらく受験を控えた受験生だと思いますが、こうした奇跡は意外とやってくるものです。

第一話はこれで終わりになります。次回は入塾し、塾内の激しい競争に巻きこまれる話になります。

ペンは剣よりも強し 中学受験 連載小説

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