第2話「中学受験という競争」その3(いじめる人間、いじめられる人間、どちらでもない人間)

連載小説「ペンは剣よりも強し」の第二話になります。

目次

「ペンは剣よりも強し」全話目次(第1話〜)
第2話「中学受験という競争」その1(はじめての授業)
第2話「中学受験という競争」その2(週末テスト)
第2話「中学受験という競争」その3(いじめる人間、いじめられる人間、どちらでもない人間)

登場人物

小川慎吾 … 友だち
池内玲香 … 身長の高い女の子
夏木守 … いじめられている少年
福沢 … いじめている少年

本編

……

塾の席替え競争や週末テストを慎吾に言うと、慎吾はすぐに他の同級生にしゃべって塾の話を広めた。給食の時間、真一郎がいつまでも一人でだらだら食べていると、慎吾と玲香がやってきた。

「あのティッシュを受けとって、本当に塾に入るとはね」

玲香はそう言ってトレイに残っていたブロッコリーをつまみ、ひょいっと口にした。真一郎はブロッコリーが嫌いで、先生は野菜を残す者をよく怒っていた。だからこんなふうに野菜を食べてもらうことは日常だった。

「ありがとう。よくブロッコリーなんて食べられるな」

「いや、私だってマヨネーズがなかったらこんなもの食わないよ。私はマヨネーズ好きだからさ」

慎吾は塾のことをもっと聞きたそうにしゃべった。

「塾の教科書ってどんな感じ?」

「何冊もあって、参考書と問題集に分かれてるよ」

クラスがSクラスとAクラスに分かれており、それぞれ使う教材が違うことを説明した。

「使う本も違うとか、ふざけんなって感じだろ。だから絶対に上のクラスに上がってやろうと思って」

「でも国語ができないから無理じゃん?」

「算数でなんとかしてやる」

「その算数でいい点をとったのにビリだったんでしょ?入塾テストは」

慎吾は現実を的確に分析していた。算数で満点近い点をとってビリということは、算数だけでは席替えもクラス替えもどうにもならないということだ。まして中学受験も算数だけでどうにもならないだろう。

チャイムが鳴り、先生が教室から出ていった。給食の時間から昼休みになった。真一郎は給食のトレイを片づけて、牛乳パックをゴミ箱に捨てた。その時、教室で叫び声が聞こえた。

教室にいた全員が一度に教室の隅を見た。

夏木守という生徒が嘔吐していたのだ。一部の生徒が悲鳴を上げた。「気持ち悪い!」「誰か雑巾もってこい!」と口々に叫びだした。守は大柄だが気弱な生徒で、安行たちからいじめられていた。このクラスに安行本人はいなかったが、安行のナンバーツーの福沢という少年がいた。福沢はしばしば守をいじめて泣かせていた。

「雑巾ならこいつの口にあるぜ!あ、もう吐いちゃったから今はないか」

守の吐しゃ物の近くに雑巾が落ちていた。福沢の側近の一人がその雑巾を拾い、福沢は守を後ろからかためた。そして雑巾が再び守の口に押しこめられた。

(なんなんだこいつら…)

真一郎は夏木守と何回かしゃべったことがあった。友だちというほど遊んだ記憶はない。しかし悪い少年でないことはよく知っていた。宿題を忘れた時、一度ノートを見せてくれたからだ。守は少し太っていたが、いつもダイエットしていると言っていた。

隣にいた玲香を見ると、いつになくこわばった表情だった。慎吾はぽかんと口を開けてどうすればいいかわからないようだ。他の男子たちは福沢にいじめられるのが怖くて近づけないでいる。

この学校で行われていることはただのいじめを超えていた。まともな同級生たちはそんなことを当然わかっていたが、誰も先生を呼ぼうとしなかった。怖いのだ。変なことをすれば自分が守のようになってしまうから、怖くてなにもできないのだ。

この頃、真一郎は加藤に言われたように怒りっぽくなっていた。加藤の無駄な正義感が移っていたのかもしれない。夏休み前に慎吾のテストをカンニングしていた同級生と喧嘩した威勢のよさも残っていたとも考えられる。気がついたら福沢の腕をつかんで、守から離そうとしていた。

「お前らのやってること、全部警察にぶちまけてやろうか!」

そう言うと雑巾をもった男がひるんだ。福沢は冷静に守を離し、最初から用意していたらしい別の雑巾を手にとって、真一郎の口に当ててきた。

「雑巾でも食ってろ!」

それからはなにもかもめちゃくちゃだ。互いに雑巾を奪い合おうとして、雑巾を相手の顔に押しあてようとしていた。そのうち二人はすべって転び、床をごろごろ転がりながら雑巾を相手の顔に当てる格闘をつづけた。

誰かが「先生を呼んでくる!」と叫んだことを知ると、とっさに福沢の体を離して床から立った。雑巾は福沢の手にあった。

「坂本の教科書を窓から投げろ!」

と怒り狂った福沢は叫んだ。雑巾をもっていた生徒はそそくさと真一郎の机から引き出しをとり、窓のほうに持っていった。誰かが「やめなよ!」と叫んだ。福沢は引き出しから教科書やノート、プリントや文房具をいちいち出して、窓から放り投げていった。最後にランドセルを五メートル以上の高さから捨てた。

教室は地獄絵図だった。いつの間にかほとんどの机はもとの位置からずれて、何人かは泣きじゃくっていた。面白がっている者もいた。

福沢と格闘して疲れたのかもしれない。それ以上反抗する気を失っていた真一郎は、冷静に教室を眺めて黒板に寄りかかった。体力がないせいで息があがっていた。福沢は最後の仕上げをしたいらしく、真一郎のイスを窓から捨てようとしていた。

「ちょっと待ってよ」

少し震えた声が教室内に響いた。池内玲香だ。そのまま福沢に近づいて、窓の下を指さした。

「やってること最低でしょ。あんた、頭おかしいんじゃないの?」

「はあ?」

玲香は後ろをふりかえって、四隅の一つに固まっていた女子たちを見て言った。

「それ以上やったら、私たち全員であんたの教科書をゴミ箱に捨てるよ。しかも毎日」

「なに言ってんだお前」

玲香はパンパンと手を叩いて、四隅にいた女子たちを鼓舞した。

「今からこいつの教科書ゴミ箱に捨てよう!」

すると三人の女子が動いた。その場にいた誰もが驚いた。福沢に反抗する者が少数でもいることに。三人は福沢の机から教科書を取りだしはじめた。真一郎も行こうとしたが、動こうとする体を止められた。慎吾だった。

「ふざけんなよ!」

福沢は慌てて自分の机にかけよって、教科書を奪いかえした。玲香は腕を組んでこともなげに言った。

「今日も明日もずっとこんなふうに、あんたのスキを見て教科書をゴミ箱にもっていくから」

「わかったよ!もうやめてやるよ!」

福沢はそう怒鳴り散らして、自分の教科書を机にしまった。真一郎と慎吾はクラスを出て外に散らばった教科書を拾いにいった。

中庭には教科書、ノート、プリント、文房具が散らばっていて、プラスティック製の筆箱は割れて蓋がどこかに消えていた。蓋のない筆箱はもはや使えない。

「明日出すプリントもどこかに飛ばされてる。どうでもいいけど」

二人の生徒が遅れて慎吾と真一郎のもとに近づいてきた。夏木守と品川という女子だ。守は今回の事件の発端になったが、揉め事を大きくしたのは真一郎だった。だから真一郎は夏木に謝った。

「ごめん。最近怒りっぽくて」

守はすでに顔を真っ赤にして泣いていた。

「俺のほうこそごめんよ。本当ごめんよ」

四人で行方不明になったノートとプリントを集めた。

…その後、教頭を含む先生数人がクラスに入ってきて、緊急ホームルームを開いた。福沢は学年主任と教頭から叱られたが、その後も改心することはなかった。今回のような事件は形を変えて、何度も何度も起きることになる。しかし真一郎は幸運にもいじめの対象にならなくなっていった。面倒な性格を持っている上に、いじめている側にもいじめられている側にもつこうとしない中立的な女子たちとつるむようになっていったからだ。

その面倒な女子たちの中に、福沢をつるし上げた池内がいた。この生徒はこれまで以上に慎重にふるまうようになった。池内はなにも考えていないように見えて、その実クラス全体の動向を探ってうまく立ち回っていた。地獄と化した教室でうまく生きていくには、池内のような人間と仲良くしているしかないと思った。

中学受験は小学校の環境に左右される。小学校の環境が悪い場合、中学受験で競争に勝つことは難しい。いじめが横行する学校にいる場合、勝たないといけない相手は塾にいるライバルでなく、小学校にいる同級生である。そして人間関係の危ない橋をわたっていくためには、池内のような強い味方を一人でもつけておくことが重要になる。この味方はいじめている側でもいじめられている側でもあってはいけない。いつも中立的で、うまく自分の立ち位置を見つけている人でないといけない。

「ペンは剣よりも強し」全話目次(第1話〜)
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第2話「中学受験という競争」その2(週末テスト)
第2話「中学受験という競争」その3(いじめる人間、いじめられる人間、どちらでもない人間)

あとがき

今回は小学校の話でした。次回はいよいよクラス替えです。

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