中学受験の実話小説:第3話「新しい順位」その1(井の中の蛙)

連載小説「ペンは剣よりも強し」は実話にもとづいて書かれた受験物語です。合格は不可能と言われていた劣等生が、いくつもの奇跡を乗り越えて開成中学校に合格するまでの道のりです。すべての中学受験生、高校と大学を受験する学生、学校・教育関係者はぜひ最後までお読みください。勉強のできない生徒が合格するというストーリーはフィクション・ノンフィクションともにありますが、この小説以上の逆転劇は日本に存在しないでしょう。

これまでのストーリー

「ペンは剣よりも強し」全話目次(第1話〜)

第2話「中学受験という競争」その1(はじめての授業)
第2話「中学受験という競争」その2(週末テスト)
第2話「中学受験という競争」その3(いじめる人間、いじめられる人間、どちらでもない人間)

第3話「新しい順位」その1(井の中の蛙)
第3話「新しい順位」その2(裏切りの予感)

本編

教室に入るなり、Aクラスにいた同級生が寄ってきた。

「君、すごいことになってるよ!」

この日ははじめての席替えで憂鬱だった。学校にいる時から気分が悪く、塾に行くことも嫌だった。国語の解答用紙は半分も埋めていないから、国語の偏差値はどうせ三十もいっていないだろう。算数だけで試験はカバーできないことは慎吾から言われたとおりだ。

その少年に腕をつかまれて黒板横の掲示板にいくと、すでに何人ものクラスメートが集まっていた。席がすでに発表されていた。心臓が止まりそうだった。ここで自分がバカがそうでないかがわかってしまう。前にいた人がどいたので慌てて見た。

下の列から見ていく。六列目にいない。

(どこだ…俺の名前はどこだ)

五列目、ない。

四列目、ない。

おそるおそる最初の一列目を見た。

「あった…」

一列目の一番左。つまり…クラスのトップだ。

(嘘だろ…俺は先週までビリだったんだぞ)

「君、算数で一位なんだよ!上のSクラスのトップよりも点がいいんだよ!」

さっきの生徒に再び腕をつかまれて、今度は教室の外の掲示板に向かった。教室に入る時は気づかなかったが、掲示板にはクラスごと・科目ごとに成績上位三名の名前がはりだされていた。

総合成績と算数の成績でAクラスの一位になっていた。算数の点数は98点。Sクラスの算数トップが93点。つまり全体で一位だった。しかし国語を合わせた成績は130点。Sクラスのトップは188点。自分とSクラスの一位は58点も差がある。

「SとAはここまで差があるのか…」

「君、算数は天才なんだね!」

「いや…たぶんまぐれだと思う…国語はダメだし…」

教室に戻ると、なぜかとても気持ちがよかった。先週はビリだったのに、今週はその真逆の一位。よく見ると席に青いノートが置いてあった。しかも名前の欄に「坂本真一郎」と書かれている。このノートは百円もしないノートだが、成績上位三名はタダで渡されることになっている。

「タダでノートをもらったぜ!」

素直にうれしかった。これほどうれしかった時はなかった。今までの苦労が報われたような気がした。算数だけで国語をカバーできると確信した。

…家に帰って成績上位に入ったことを知らせると、父母はひどく喜んだ。算数の成績がよかったことも褒められた。

「やっぱりちゃんとやればお前はできるんだ。この調子でちゃんとやれよ」

父からそう言われても素直に喜べなかった。次の試験で点が落ちればどうせ怒られるし、今週の試験はたまたま得意分野だっただけだ。そもそも総合成績だけを考えればSのトップとありえないくらいの差がある。真一郎はSクラスのトップの名前を覚えていた。

伊藤である。伊藤は算数も国語も両方一位であり、真一郎とは国語で五十点ほども差があった。

……

木曜日、算数の授業が終わった後、帰り際に声をかけられた。

「坂本くん」

ふりかえると名前の知らない男子だった。まだAクラスの生徒とは十人ほどしか話したことがなく、ほとんどは知らない人だった。

「僕、内野っていうんだけど、よかったら算数の問題を教えてくれないかな」

「教えるなんて。できるかな」

「坂本くんはこのクラスで一番算数できるって聞いたよ」

「たまたまだよ。たまたま得意分野だったんだ」

一番後ろの席について、鞄を机に置いた。内野は問題集を広げて、わからない問題を見せてきた。

「石を並べる問題、僕すごい苦手なんだ」

と内野は女々しく言った。

「僕もそんな得意じゃないけど…。周りの石を数えるときは、隅を外して考えるとわかりやすいんだ」

正六角形状に石を並べる。正六角形の中に小さい正六角形が空いたように石を並べる時、石の数は面積のように求めることはできない。正方形状に並べる時は、大きい正方形から小さい正方形を除くというやり方がいい。この場合、石の数は正方形の面積に一致するからだ。しかし正六角形の面積を求めることはできない。だからまったく違う方法で石を数える必要がある。

「頂点を外した一辺には五個の石があるから、五かける六で三十個の石があるんだよ」

「なるほど!」

「全部の個数を数える時は…」

…一緒に帰る間、内野は上のクラスに上がりたいと言った。

「やっぱり下のクラスなんて嫌だよ。僕はどうしても上のクラスにいきたい」

「内野くんは僕よりも半年前に入ってるんだよね。上のクラスにいる人ってやっぱりすごいの?」

駅の改札を抜けて階段を上っていく。

「あの伊藤っていう人は本当にすごい」

「伊藤…ああ、あの国語も算数も両方一位だった人」

「僕なんか絶対に勝てない…一度見たことがあるけど、雰囲気が普通じゃないんだ」

「どんな感じ?」

「なんというか、その、大人みたいな…」

ホームで電車を待っている間、内野は夜空を見上げていた。

「どうすればあんな難しい問題をどっちも満点近くとれるのか…。僕には理解できない。坂本くんは算数ができるからうらやましいよ」

「僕は国語がダメだから、受験は失敗するって言われたよ」

「誰に?」

「小学校の友だちに」

「そんなことないよ。一つでも得意教科があるってすごいことだよ」

確かにそうかもしれない。でもそれはアドバンテージにならない。真一郎は伊藤の成績を見て、SクラスとAクラスの間には超えられない壁があることを知っていた。Sクラスの一位になるためには、算数はもちろん国語も、そしておそらくは社会も理科も一位でなければいけない。

家族に「絶対に合格しろ」と言われていた東京中学校はわずか三百人しか入れない日本一の学校だ。入塾説明会で東京中学校の話があった。東京中学校に入るためには、この校舎で少なくともトップ三位に入る必要がある。その三人は必然的にSクラスのトップ三人となる。しかもそのトップ三人ですら、東京中学校に入れる確率は半分を超えない。そのくらい東京中学校は難しい学校だと説明されていた。

あとがき

塾ではじめての友だちができた話でした。

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