中学受験小説・第6話「新しい友だち」その2(不登校の生徒と罪悪感)

連載小説ペンは剣よりも強しは実話にもとづいて書かれた受験物語です。劣等生が開成中学校に合格するまでの軌跡が余すことなく描かれています。ぜひTwitterやFacebookでシェアしてくださいね。

この物語は絶望的状態からはいあがる出世物語です。受験生だけでなくビジネスマンにも読んでいただきたい作品となっています。

前回の話:第6話「新しい友だち」その1(四年生に進級)

「ペンは剣よりも強し」全話目次(第1話〜)

第6話「新しい友だち」その2(不登校の生徒と罪悪感)

クラス替えはなかったが、先生は変わった。新しい先生は、荒れたクラスをなんとかするために急遽担任になった。この少し年をとった女性教諭・市川は別の地域からやってきたらしく、荒れたクラスを改革しようと奮闘していた。

地域に根づいた不良はどうにもできないと冷静に悟った市川は、いじめられている生徒をなんとかすることを第一の目標にすえた。家庭とコミュニケーションをとり、不登校の生徒をなんとか登校させた。金本は朝から来るようになった。

前任教諭は休み時間、昼休み、放課後のちょっとした時間は必ず職員室にいたが、市川はどういうわけか常にクラスにいた。テストの採点や雑多な事務作業をクラスで行えるようにしたそうだ。

いじめは目に見えて減った。教員がいる前で暴力を行う生徒はいない。暴力はいつも教員がいないところで行われる。だがそれも一見の話だ。生徒たちはいじめの場所を変えて悪行を楽しむようになった。

ある日の放課後、亜紀と竹馬で遊んでいる時にいじめの話をした。

「私さあ、最近ちょっといじめられてるんだよね」

びっくりした。亜紀はいじめと無縁の世界でのびのび生きていると思っていたからだ。

「うそ、本当かよ」

「そこまでひどくないけどね。もともと仲の悪い人がいて、その人ともっと仲悪くなった」

ほぼすべての生徒はこの現状に疲れきっていた。最近は亜紀も玲香も、守も慎吾も、誰もかれも、四年生になったばかりというのに疲れきっていた。おそらく、みんなこの学校から転校したいと思っていた。

「サカシンはいじめられてるの?」

「いや、今はあんまり…」

「そっかー」

「学校もつらいけど、塾もつらいんだ」

「そうだよね」

「友だちが辞めたいって言ってるし、本当は俺も辞めたい」

いじめの話をしているのに、自己中心的な彼はまた中学受験の話を始めた。

「なあ、どうすれば国語ってできるようになるんだ?まじでやばいんだ。このままじゃ本当に受からない」

「漢字勉強すれば?」

「漢字はいいんだよ。文章がわからないんだ」

「じゃあ本読めば?」

「読んでるよ。ボッコちゃんとか」

「はあ?夏目漱石とか読みなよ。なにボッコちゃんって。ボッコちゃんって星新一だよね」

「うん」

「ボッコちゃんでもいいけどさあ。坊っちゃんとか読みなよ」

「あれくそつまらないんだけど。家にあるけど読んでない」

「だから国語できないんだよ」

「そっかー。そうだよなー」

竹馬を降りて青空を眺めた。亜紀も竹馬を降りた。

「男子って金本さんのこといじめてるでしょ」

「俺はいじめてない!」

「うん」

「本当だって!」

「じゃあ金本さんのこと守ってあげなよ。たぶんまた来なくなる」

「またいじめられてるの?」

「今日も意地悪されてた。だからさ、少し話をしてあげなよ。隣の席じゃん」

亜紀は国語力があり、一ヶ月に十冊以上の本を読む。そのせいか亜紀は四十代のおばさんのように大人びていた。そして真一郎は内心亜紀をおばさんのように思っていた。つまり自分より圧倒的に何かを知っている。自分の知らないところから何かを分析して、大人はみんなわかっているのに子どもはみんなわからないようなことを悟る。だから亜紀の言うことは説得力があり、だいたい信用できた。

「少し話だけしてみる」

「よかった。私も最近金本さんと話をしようと思って」

「じゃあ俺たちで話してみよう」

…この日から二人は休み時間に金本と話をするようにした。だからといってずっとではない。真一郎は他のクラスに行って、龍一や和希たちと話がしたかったし、亜紀も玲香や他の友だちと過ごす時間がある。みんなそれぞれの事情があるのだ。

そのうちに、金本と話をすると男子からひそひそ話をされることがわかった。金本と話をしている時、福沢と仲のいい一部の男子たちが冷やかしの言葉を投げていた。

金本は「気持ち悪いやつ」と言われていた。気持ち悪いやつと話をしている坂本も気持ち悪いやつというわけだ。市川は一週間ほどこのやりとりを見ていたが、ついに「ホームルーム」を開いた。市川は授業の時間を削ってホームルームのような話し合いをよく開いた。実際はいじめられた生徒の訴えを聞いて、いじめっ子たちの罪をあばくというものだ。

市川は金本をいじめている生徒の名前をあげ、厳重に叱った。一部の男子たちは反発した。自分たちはそんなひどいことをした覚えはない、先生は自分たちより金本を優遇していると逆に訴えた。この日の放課後、市川は真一郎を職員室に呼びだした。

「君と加藤さんは金本さんにとって重要な友だちになっている。とても素晴らしいことだわ」

市川は荒れた教室を直すために何人かの生徒を『助っ人』としていた。助っ人はある意味で厄介な仕事だ。人を助けないといけないし、先生の信用を裏切るような真似はもはやできないからだ。そのプレッシャーは受験勉強をしている真一郎にとってかなり負担だった。

「今度席替えをするけど、あなたは金本さんの隣で私のそばにいなさい。加藤さんはあなたの隣にする。あなたと加藤さんはとても仲がいいし、二人とも金本さんと話をする」

「はい…」

「金本さんのご両親とも話をしたんだけど、もう少しでなんとかなりそうなの。だから協力してちょうだいね」

「はい」

最初は亜紀のちょっとした思いやりが始まりだったが、それが先生の目にとまって席替えの固定という話までいった。やはり亜紀は大人の目線を持っていた。

金本と話をしないといけないこと、そしてしばらく金本の隣にいることは少し負担になった。守などの仲のいい男子の隣にいるほうが良かった。それに一番前の席、それも先生の机の目の前というのはどうも落ち着かなかった。先生の期待に応えないといけないというプレッシャーも嫌だった。

そんなある日、真一郎は亜紀と金本と一緒に帰ることになった。亜紀がいなかったら息がつまるところだ。話をするように努力しているとはいえ、金本は極度の人見知りで、こちらが何を言っても反応しない。何か言いたげだが、何を考えているかわからないのだ。ひょっとしたら嫌われているかもしれない。自分たちのしていることは逆に金本の機嫌を損ねているのかもしれない。

「じゃあね」

亜紀と途中で別れて二人になった。トボトボと歩きながら、緊張とストレスで言葉が出なくなった。二人で歩いているところを誰にも見られたくなかった。意地悪な男子たちに見つかったら、次の日にネチネチと陰口を言われることは間違いない。

この日は暑かった。そのせいでいつも以上にイライラしていた。亜紀の優しさはいつも偉大だと思っていたが、とばっちりを受けたような気がした。亜紀が憎らしく思えてきた。亜紀が金本を助けようと言わなければ、こんな惨めな気分にならずにすんだのに。

「あのさ」

「…」

「もっとはっきり言ってくれよ。つまりその、俺たちが話しかけたら、もっとなんか言ってもらわないと、俺たちもどうすればいいかわからなくなるし…」

「…」

「だから何が言いたいのかわかんねえよ!」

金本は驚いてビクッと震えた。二人の足がそこで止まった。

「…ごめん」

その言葉を聞いた時、急に息苦しさを覚えた。めったにない感情だ。金本と一緒に帰らないといけなくなったことにイライラしていた自分、亜紀の優しさにイライラしていた自分が惨めに思えた。金本にひどいことを言ったわけでないが、いじめている生徒に対する口調でなかった。

国語ができないくせに、この少年は言葉より言い方がコミュニケーションの良し悪しを決めることを知っていた。バカという言葉がある。これは悪い言葉だが、いい響きを持つ場合がある。逆にいい言葉も悪い意味を持つことがある。彼は言葉の二面性が音声にあると見抜いていた。言葉に意味はない。意味は言い方のほうにある。

もともと自分に非はない。非は金本のほうにあるはずだと思った。何を言っても反応しないから、こちらの話を聞いているかわからない。コミュニケーションができない。なのに先生も亜紀もコミュニケーションをとれという。無理な話だ。そもそも自分は中学受験で忙しいのに、どうしてこんな面倒なことをやらないといけない?

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