山上の説教(キリスト教・福音書)と柔和な成功者

新共同訳「新約聖書・マタイによる福音書」から山上の説教を引用し、考察します。当記事は新約聖書を独自に解釈したもので、教会の正当な教説ではありません。マタイによる福音書はビジネスでもしばしば引用される重要な文献です。

イエスは群衆に向かって次のように説きました。

心の貧しい人々は、幸いである、
天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである、
その人たちは慰められる。
柔和な人々は、幸いである、
その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は、幸いである、
その人たちは満たされる。
憐れみ深い人々は、幸いである、
その人たちは憐れみを受ける。
心の清い人々は、幸いである、
その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は、幸いである、
その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は、幸いである、
天の国はその人たちのものである。
新共同訳「新約聖書(マタイによる福音書)」

解釈1(心の貧しい人々)

新約聖書で最も重要な説教の一つである「山上の説教」は、日本語訳からもその詩的なリズムに偉大さを感じられます。

心の貧しい人々という、一見すると善から離れた人たちから始まり、最後はすべての人たちの義のために犠牲になる人々で終わります。

これは、イエスの言葉を聞くために集まった人たちが、まだイエスを信じていないことを暗示しています。心の貧しい人とは第一に信仰心の足りない人です。イエスを完全に信じることができない人も、イエスが示す天の国に入ることができると説くことで、万人が天に迎えられる可能性があると示しています。

解釈2(柔和な人々)

山上の説教が資本主義的な観点から再解釈されるとすれば、柔和な人々が地を受け継ぐという文が目を引きます。

一方で「母は生み、子は滅ぼす」というイディオムがあります。これは成功者の二代目は初代の資産と栄光を食いつぶすという意味です。二代目が一代目の資産を継いでさらに発展させるためには、マタイによる福音書のいう柔和な人々に属する必要があるといえます。

ジョン・ロックフェラーが熱心なキリスト教信者だったことはよく知られています。ロックフェラー家はその後も二代目、三代目と栄光を受け継ぎ、アメリカの経済と政治を支えました。まさに地を受け継いだわけですが、ロックフェラー家の人々は(真相がどうであれ)柔和でした。

石油で財をなしたジョン・ロックフェラー(初代)は、自分に激高する気質があることを理解しながら、柔和にふるまうことを努めていました。最低限の礼節と謙虚さを持っていたのです。

そのロックフェラーが築いてきた財のほとんどを医療と教育に寄付したことは、次の世代を担う憐れみ深い人々に憐れみをかけた、恩返しの行為といえるでしょう。

新約聖書の解説

キリスト教の概要

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