ヤルタ会談などの第二次世界大戦中の首脳会談まとめ

1941年の大西洋会談から1945年のポツダム宣言まで、アメリカとイギリスなどの各国は何回か首脳会談を行なった。

年月 会談 参加国 内容
1941.8 大西洋会談 米英 大西洋憲章
1943.1 カサブランカ会談 米英 対イタリア方針策定
1943.11 カイロ会談 米英中 対日方針策定
1943.11 テヘラン会談 米英露 ソ連の対日参戦約束
1945.2 ヤルタ会談 米英露 ドイツの無条件降伏
ソ連の対日参戦決定
1945.7 ポツダム会談 米英露 日本への無条件降伏勧告

当時の各国代表

アメリカ フランクリン・ルーズベルト イギリス ウィンストン・チャーチル ソ連 スターリン 中国 蒋介石

大西洋会談

大西洋会談の結果、大西洋憲章が制定された。「アメリカとイギリスが領土をこれ以上拡大する意図はない」といった8つの条文から構成される。

大西洋憲章は戦後世界の構想ともいえる。

カサブランカ会談

モロッコのカサブランカで開かれた会談。米英がイタリアへの上陸作戦などを確認し合った。

カイロ会談

カイロ会談の内容であるカイロ宣言には連合国の対日方針が記されている。

テヘラン会談

テヘラン会談はヨーロッパとアジアのいくつかの作戦から成る。ヨーロッパではフランス上陸作戦、ポーランド国境の確定などが話し合われた。アジアではソ連が対日参戦することが話し合われた。

ヤルタ会談

ヤルタ会談はアメリカ、イギリス、ロシアが1945年2月4~11日(年月日は試験によく出る)にソ連のヤルタで行なった会談。

ドイツ、ポーランド、日本を含めた戦後世界の秩序についての話し合いであり、ヤルタ会談によってソ連の対日参戦が決定された。

ポツダム会談

ポツダム宣言を参照。

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