連載 学生に伝えたい、冷たい真実

もう古文と漢文は高校の科目から削除したほうがいいかもしれない

パンデミックが起きて数ヶ月が経つけど、活動の自粛がなくなる未来はまだ見えない。学校はもちろん、塾や予備校の教室も感染リスクを避けられないから、今までと違う授業を強いられる。

マスクをして勉強するのはおそらくつらいし、夏の湿気とマスクはものすごく相性が悪い。今年の高校生は戦後最もストレスにさらされていると言えます。

ではどうすればいいでしょう? 文部科学省と学校はクソみたいなプライドを捨てて、学生に少し歩みよるべきでしょう。つまり学生のストレスを減らす施策をするべきです。そしてその有効的な施策は次の 3 つです。

古文と漢文はいらない

このサイトでうんざりするほど言っていますが、人生も経済も資産もすべて選択と集中が必要です。学校の先生はたいてい平安時代にいた白塗りメイクの麿呂貴族よりも無知なので、日本が強烈なスピードで衰退していることは知らないし、学生に伝えることもしません。

私たちは衰退国家にいます。つまり普通に生きている人はこの先著しい苦労と絶望を背負うことになる。それを回避する手段はたった一つ。

なにかを犠牲にして、なにかに集中すること。なんでもかんでもありの教育は報われない未来が待っている。そして犠牲にされる科目は古文と漢文です。なぜならこれは具体的な経済に結びつかないから。

「教養は重要だ!」

と言う人もいるでしょう。しかし残念なことに、それは二流の思想家が言うことです。教養は重要ですが、必要な教養は時代によって変わるという真実が、教養の本質なのです。教養を大切にしている人は、自身の得意とする教養を押しつけることをバカバカしいと考えます。

教員は、アメリカの Python エンジニアと単純労働の平均収入を比較してから、自分たちの授業を反省するべきです。古文はもちろん大切な教養です。でも Python も教養ではないでしょうか? C 言語やメモリ管理も教養かもしれませんよ。どうして古文は必須科目で、この世界をコントロールしているコンピューター・サイエンスが東大の試験科目にないのでしょう? 今世界で最も必要なスキルと言われているのに? コンピューターは教養じゃないと古文の先生は主張できる?

まともな高校生は「この先どうなるんだろう?」と少しは心配するでしょう。そして「古文なんかやっていてだいじょうぶかな?」と疑問に思う人も多いはず。実際、私の人生をふりかえっても、大鏡や枕草子の教養が利益になったことはない。だから「古文って意味あるの?」と聞かれたら、「ない」と即答するしかない。

体育と運動会はもういらない

体育は次に消えるべき科目です。学校はそもそも閉鎖的で、学校を超えた学生どうしの交流は少ない。本来、体育は放課後の地域クラブでやるべきなのです。そうすればいろんな人と交流できるし、プロのコーチからスポーツを学べるチャンスも得られる。

算数も体育も同じ先生が教えている小学校は最悪です。スポーツ経験のない先生は体育を教えるべきではない。体育は引退した野球選手やサッカー選手、アマチュアの世界でもいいから実績のあるアスリートが教育するべきです。なんだかよくわからない体育系大学を出た人よりも、引退したアスリートのほうが魅力的だとは思いませんか?

結局、体育は自主的な課外活動に任せたほうが効率がいいし、アスリートの再雇用という経済活性も期待できます。

この記事を読んでいる文部科学省の職員は、もう少し学生に共感しよう

しつこく文部科学省の悪口を言っているから飽きてきたけど、やっぱり文部科学省は罪深い組織です。押しつけがましい教育をそろそろ変えよう。

このサイトで何度か言及した東大の哲学の先生をまた紹介して終わりにしようと思う。

その先生はよく「教養なんてものはいつでも学べる。重要なのはいつまでも学ぶ姿勢をもつことだ」と言っていた。その先生は自分の教えているものが教育というよりは教養にすぎないとわかっていた。そしてぶっちゃけた話、そういう世界というのは金にならないともやけくそ気味で言っていた。

大学生ならなにが言いたいかわかると思う。そう、あなたに教えている社会科学系の教授があなたに自著を買うように言ってくるのは、こういうことなのだ。

古典や哲学といった分野は重要です。プリンストン高等研究所に文系の研究があるのは、古典が極めて重要だからです。だけどそれはパンデミック世界の必須教育におさめるものではありません。教養の啓蒙はテレビのするべきことです。

もしあなたが高校生だったら、学校で古文を 100 時間習うより、次の 30 分動画を見るほうが 100 倍は有意義です。

文部科学省が「いいね!」した認定教科書を読むより、上の動画を見るほうが、たぶん将来得する。それに、なんだかよくわからない先生の言うことより、世界で最も成功した人の言うことのほうが説得力あるでしょ。