小さな政府は大きな政府より機能しやすい。なにかしたがる行政はなにもしない行政より機能する。
競争はすべてを破壊する
日本は10年以内に経済恐慌が起きて、20年以内に財政破綻し国民の預金資産はほぼすべて消える。個人がこの未来を避ける方法は外国に移る以外にない。
この予測を信じない人は資産を外国株式と外貨にする以外に道はない。怠った人は家と預金と仕事を奪われる。
金を奪われた者は、さらにすべてを奪われる。最後はすべての道徳と人間性を奪われて、道に捨てられる。
卑屈な人たちにサービス業は適さない。卑屈な国はサービス業で財政を維持できない。日本から自動車産業をとったら、日本は完全に破滅する。そして日本の自動車産業はまさに崩壊しつつある。
過剰な競争は市場を破壊し、新しい市場をつくる。技術の革新があるとき、新しい市場の付加価値は古い市場を超える。
日本は大きな幼稚園で、社会と文化は卑屈な人間観察に支配されるようになった。敬語と観察がほとんどの行動原理になって、科学的な思考はなくなった。
日本は2030年までに資源も技術も教育もない国になり、それ以降良くなる時は永遠にこない。
社会はすでに崩壊しているが、表立って警告できるほどの政治的ゆとりもない。日本を先進国と思っている人は、そう思いたいか、または最初からなにも考えてないか、考えているか考えていないかさえわからないかのどれかで、このコメントはそういう人に八つ裂きにされる。
価値は売り手と買い手のコミュニケーションで決まる。買い手が売り手を尊敬しないとき、製品の質がなんであれ、価値は下がる。人を尊敬しない客を買い手にするビジネスは長期的に崩壊する。
人を説得するには、同じことを同じ言葉で 100 回言うしかない。
同じ人が言っても人は言うことを聞かないから、人を変えて同じことを同じ言葉で説得するしかない。
日本は無意味な競争で疲れている。競争はみんなを不幸にする。顧客至上主義は不幸の種で、過剰なサービスは外部不経済を生む。
客は無料のサービスに文句を言うが、高級なサービスに文句を言わない。客は金を払うことで半分満足する。
人と経済が不幸にならない唯一の方法は金を敬うことだ。金を汚いと思う人は世界を不幸にして、自分も不幸にしている。金は人の分身だ。
人は身体の痛みをすぐに忘れるが、精神の痛みは永遠に覚えている。それは進化の一つだが、本当はその逆がいい。屈辱や絶望の記憶はなにも生まないが、怪我の記憶は怪我の回避につながる。
ほとんどの結果は最初の変化で決まる。改善よりも計画のほうが重要で、反省よりも規律のほうが重要だ。人はその事実を知っているが、理解するにはあまりに悲惨なので知らないふりをする。改善は最初に予定されている。