エッセイ 教育

一年で本を100冊読む人はたぶん成功しない:「年間の読書量は年収や能力に比例する」という説は間違い

年間の読書量が多い人は年収がいい、本をたくさん読む人は成功しやすい、といったエッセイが増えました。1年に100冊も本を読む人は尊敬されますが、冊数を重視する意見はたぶん根本的に間違っている。

違う本を100冊読むより同じ本を100回読んだほうがいい。なぜなら私たちは想像以上に怠け者で、実践できる行動は限られているから。

ほとんどの本は普遍的な価値をもっていない

本には良い本と悪い本とどちらでもない本があります。例えば孫子は良い本で、競争しないで勝つことの必要性が書かれています。孫子のように重大な要点がつまった本がある一方、中身のない本がたくさんある。

受験や人生で成功したい高校生はまず孫子を読もう

無意味な本が出版されるのは、それが売れるからです。出版社は価値のある本でなく売れる本を刷ります。いつもくりかえし言っていますが、メディアは真実を伝えるよりも感情を動かすほうを重視する。だからランダムに選んだ本のほとんどは価値がない。

最新コーナーに並んでいるトレンドの本を100冊読んでも、あなたの人生はまったく変わらない。貴重な時間がメディアの販売戦略にからめとられるのはナンセンスです。

違う本をたくさん読んでも実践できる知識はほとんどない

本を読んだら、その本の結論をすぐに言えるかチェックしよう。言えなかったら読んでないのと同じ。つまり時間の損失でしかない。

読書の価値とは本の実践にある。私は高校倫理の教科書をいつも推薦していますね。この教育サイトができてからずっと「高校倫理を読もう」と主張していますが、その高校倫理にプラグマティズムの記述があります。プラグマティズムの概念を提唱したパースは「行動によって価値が決まる」と唱えていますよ。

読書とは、その後の行動でしか価値を証明できない。私は孫子を読んで「強い者と勝負しても意味がない」「勝つときは相手のミスに原因があり、負けるときは自分のミスに原因がある」ことを知りました。そしていつも実践しています。

知識は行動にならない限り無意味です。

100冊も読んで、その知識をどこまで実践できるでしょうか? 実践はストイックな思想と生活習慣、そして心身のエネルギーが必要です。100の本から200のエッセンスを得て、それをすべて行動に移せるかどうか考えてください。

同じ本をくりかえし読むほうがいい

私はいつもピーター・ティールの「ゼロ・トゥ・ワン」を読んでいます。1週間に1回は読みますが、読むたびに彼の主張が違った角度から脳につきささり、より良い行動がとれるようになります。

同じ言葉や同じ文でも、読む状況によってまったく違う断面を見せる。同じ本をガムのようにネチネチと読んで、内容をまるごと記憶してください。そうすると本が人生の一部になって決定権をもつようになります。行動を変えるまで知識を注入しないといけない。

なので、あなたがもし東大を受験する高校生だったら、このサイトにある受験エッセイをくまなく何度も読むことを勧めます。重要なのは、知識を行動に変える気持ちです。知識そのものに価値はない。