プログラミング教育は英語と数学よりも重要である

一年以上前、このサイトに次のようなメールが届きました。

「数学や歴史を扱っているサイトがどうしてC言語みたいなものを扱っているのですか?違和感があります。サイトの方向性がわかりません」

このサイトは教育に関するコンテンツを発信しています。プログラミングは将来一番大切な教育になるという考えから、C言語やweb系の言語も少しずつ取り入れています。

この記事では長い前置きに続いて、プログラミングが次世代の教育の中心になる理由を考えていきます。

ラテン語の没落

世界史を学ぶと、言語が歴史を変えていることに気づきます。最初はギリシア語とラテン語が支配的で、キリスト教の新約聖書も原著はギリシア語でした。中世まではラテン語訳の聖書が一般的で、聖書を読むためにはラテン語は必須でした。

しかし宗教改革でルターがラテン語をドイツ語に訳してから、ラテン語の地位は少しずつ低下していきます。代わりにヨーロッパでは英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語などのローカルな言語がそれぞれの形で発展しました。

英語

イギリスが植民地支配を通じて、そしてアメリカの発展を背景に英語を世界言語にした…というのはやや結果論です。百年前のアメリカを見て、ほとんどの人が現在のアメリカを想像できたでしょうか?

アメリカは南北戦争後も大不況などの国家が分裂するような危機を経験しています。アメリカが世界一豊かな国になったことで、英語は地球で最も支配的な言語になりました。英語が支配的である理由は次の2点に集約されます。

  • アメリカ人が英語を話す
  • コンピューターや科学の分野で英語を使う

英語が支配的な教育でなくなる理由

コンピューターや科学が英語を前提に発展していることは、英語が今後も最も重要な言語であることを示唆しています。しかしフランス人が英語で話されるとムッとする(らしい)ように、そしてスペインでカタルーニャの独立運動が起きているように、ローカルな言語が英語に淘汰されることはないでしょう。

先進国の住人は熟成された自国の文化と言語を無意識に守ろうとしています。その防衛本能はカタルーニャだけでなく、ヨーロッパ各国や日本、中国、韓国などの国でも同様に一定の割合で起きています。

しかしこの前提だけでは、英語の支配力はますます大きくなるばかりです。ここで新約聖書とラテン語の関係と、コンピューターと英語の関係が似ていることに注目しましょう。

ラテン語の支配はキリスト教と新約聖書の支配と表裏一体でした。ラテン語は聖書に使われているからこそ重要だったのです。

英語はどうでしょうか?英語もラテン語と同じように、コンピューターと科学に使われているからこそ重要なのです。特に医療と化学の分野では新しい言葉やアイデアが次々に生まれていますが、それらは第一に英語であり、一定の影響力を持ったところでドイツ語などのローカル言語に翻訳されます。

ラテン語の支配力がなくなったのは、宗教改革により各言語の聖書が生まれたことと深く関係しています。これを現在の英語に置き換えると、宗教改革の担い手になるのは人工知能です。

人工知能は歴史を変える

人工知能はECや金融などの分野で少しずつ応用されていますが、人工知能が歴史を直接変えることになるのは、それが翻訳機能を向上させるときです。Googleなどの翻訳はますます精度が上がっていますが、これは英語の支配を終わらせる科学革命なのです。

歴史は「自分が自分の生んだなにかによって滅ぼされる」ことのくりかえしですが、英語は英語の生みだしていく科学技術によって、ラテン語と同じようにローカルな言語に権力を譲ることになるわけです。

技術と文化の壁に人間が入りこむ

人工知能も含めて、あらゆる技術は百パーセント自動化できるわけではありません。レジ打ちや運転手といった仕事は消えるかもしれないといわれています。確かにその通りです。ほとんどあらゆる仕事は人工知能の発達とともになくなるでしょう。

しかしどのような商品を作り、どのような技術を組みあわせるか、といった抽象的な思考は、結局人間がいつまでも行うのです。それは人間だけが人間の気持ちを理解できるからです。

工場にもロボットにも感情がありません。しかし人間には感情があります。この深い溝に、次世代の人間の仕事は存在します。おそらくそこにしか労働はないでしょう。

ここで必要とされるものは、人間の心理を理解して商品やサービスにつなげる能力ですが、それはもちろん技術への理解があってはじめて有効になります。現在プログラミングの技術をもっている人はこれを書いている人の言いたいことをわかってくれると思いますが、技術は技術を理解している人間が最もその技術をうまく使いこなします。

数学

数学は世界各国で最も重要な科目の一つと位置づけられていますが、まさしく重要です。しかし数学はとても抽象的です。

私は数学科を出ているので同じようなことを何度も主張していますが、数学は将来、プログラミングと合わさって今とまったく違った分野になっているでしょう。この意味では数学は今のところ最も重要な科目といえますね。

日本の数学は八割くらいがパズルです。パズルは頭をやわらかくさせるのにいいですが、そればかりやっていると限られたパズルでしか通用しないルールの瞬発力を鍛えるだけにもなってしまいがちです。

アメリカがなぜここまで発展したのでしょうか?アメリカはドイツのように哲学者が先導してきた国ではありませんが、あらゆる階級を通じて支配的だった思想が一つだけあります。

プラグマティズムです。

プラグマティズムとは、「役立つものが真実」という思想です。役に立たないものはダメ。役に立つものがよい。役に立たないものに時間を使うことは愚かである。極論は「経済や産業、お金に結びつくものはよい」ということです。

数学をもっとプログラミングに近づけるべきです。数学をもっと生活に近づけるべきです。何本も補助線を引かないと角度がわからない問題を生活に役に立たないとはいいません。しかし私たちの時間は有限であり、新しい経済を作っていく子どもたちの時間はとても重要です。

数列のルールを発見する問題はなにかの役に立つかもしれない。しかしロボットが動いている原理を理解するほうが、めぐりめぐって国全体の利益になるでしょう。

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